工業大学生のドイツ修行記

ドイツの大学に留学中の某工業大学生の様子をお伝えします

Krankheit und Nordlicht in Sweden

Grüß Gott!

↓前回の旅行話の続きですぅ↓

himazin-deutschland.hatenablog.com

 

オスロに滞在したのは年が明ける前の12月29日までで、30日からはお隣スウェーデンの北部にあるキルナという街に行きました。なぜこんなクソ寒い時期に、あえてさらに北上したのかといいますと・・・

”オーロラがみたい!!!”

そんなこんなで友人一家にさよならを告げ、単身極寒の地へと飛びました。

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”雪すげぇwww”

ドイツを出る前はミュンヘンもまだそこまで雪が降っておらず、オスロも例年のこの時期より暖かいということで雪がなかったので、想像以上のギャップにかなり打ちのめされました。

 

気温はというと、私が到着した日は晴れていたのもあり比較的気温が高かったですがそれでもだいたいマイナス10度前後。しっかり着込んでいればなんとか外で活動できるといった感じでしたが、朝夕や日が出ていない日は日中でもマイナス20度近い時間帯もあり、そこまでいくと寒いとか冷たいとか通り越して、”痛い”っていう感じでしたw

 

そんなキルナに着いた日の翌日、大晦日の朝。着替えをするために服を脱いで、ふとおへそを見ると・・・

「え、なんか赤く腫れてるんだけど・・・!」

実はオスロ滞在中から、お腹に痛みがあり「クリスマスだから食べ過ぎたのかな笑」とか思っていたのですが、ここにきてようやく痛みの原因が発覚。

「これどうすりゃええんや・・・」

途方に暮れた私は、現代っ子の強い味方Google先生に診てもらうことに。

 

おへそ 腫れてる [検索]\カチッ/

 

Google先生「それは"臍炎(さいえん)"という病気で、おへそに傷がついたりした時に感染することで発症します。または”尿膜管遺残症”という病気の可能性もあります。どちらも症状が重い場合は”手術”する必要があります。」

私「しゅ・・・”手術”!?」

 

みなさん想像してください。気温-20度とかになるような異国の地で、病院も絶対に開いていないであろう大晦日の日に、現地の言葉が全く話せない人間が1人、手術になるかもしれないと不安に襲われた瞬間を。

しかし一方で、帰る日の飛行機は決まっているし、保険もスウェーデンの保険は入っていないし、仮に手術して入院とかになってもそれはそれで面倒だな・・・でも、おへそは痛いし・・・う~ん。しばらく悩んだ私は、健康を優先していちかばちか街で1つしかない病院へ向かいました。

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こちらは朝9時半ごろの写真。ようやく日が昇ってきて、気持ち明るくなってきた雪道を、痛みをこらえながら1人むなしく歩きました。

 

病院に着いて開いてるかなぁと思い自動ドアに近づいて見ると、

自動ドア (ウィ~ン)

私「おぉ開いたwしかも明かりもついてるしこれはやっている可能性!w」

しかし・・・

病院内 (シーン)

私「」

こうして無常にも誰もいない病院を後にし、私は宿に戻ったのでした。

 

その後は病院も薬局も開いてないし気にしてもしょうがないということで開き直り、暗くなるのを待ちオーロラ散策へ(ちなみに15時半くらいにはもう真っ暗)。宿の近くで家の明かりや街頭の少ないできるだけ暗いところを探しつつ、1時間ちょっと外に出てみましたが、空には雲がかかっていて見える気配無し・・・

 

「お腹も痛いし、クソ寒いし、オーロラ見えないし、もうどうしようもねぇ・・・」

 

完全に打ちのめされて宿に戻り部屋で暖を取っていると、突然外から歓喜の声が!もしやと思い急いで宿の外に出て見ると・・・

見えました!オーロラ!!!

暗い夜空をカメラでは写らないほどうっすらとした緑色のヴェールが泳いでいました。カメラに収められず皆さんにお見せできないのが本当に残念ですが、それは本当にはかなく美しい、自然が生んだ神秘といった感じでした。

 

外で騒いでいたのは同じ宿に泊まっていたスペイン人6人組。この人たちがいなかったらマジ見れなかった可能性ありましたね笑 その後、この人たちと一緒にしばらくオーロラ散策。先ほどよりも大きいものを数回観測することができました。お腹の痛みと寒さに耐えながら大晦日に見ることのできたオーロラは、色々な意味でいい思い出になりました笑

 

そしていよいよ年越し。街では新年を待ちきれず1時間ほど前から花火の音が鳴り響いていました笑 そしてスウェーデンも日付が変わり、花火の爆音と共に2017年を迎えました。その後数日して私はおへその心配をしながらミュンヘンへの帰路を急ぐのでした。 (つづく)

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Schöne Stadt, Oslo

Frohes neues Jahr! 新年明けましておめでとうございます!

気づけば留学生活の1/4が過ぎてしまいました。肝心の研究は目標の1/4も進んでおりません。やばいですね。頑張ります。

 

前回ミュンヘンのクリスマスマーケットの写真をちょろっとアップしましたが、今回はそんなクリスマス休暇中のお話です。いつもみたいに説教くさくないので気楽に読んでくださいwでも、ほとんどクリスマスっぽい話はありませんのでご容赦くださいw

 

さてヨーロッパではクリスマスイヴとクリスマス当日は、スーパーも、飲食店も、観光施設もほぼぜーんぶお休みです。日本のクリスマスみたいにカップルでお出かけどころか、1人で買い物すらできないわけです笑

 

ではヨーロッパの人たちはクリスマスはどう過ごしているのでしょうか?ご存知の通りヨーロッパの人たちはクリスマスは家族で過ごすのが一般的のようです。なのでミュンヘンに留学に来ているヨーロッパ諸国の学生たちの多くはクリスマス前にみんな家族のところへ帰っていきました。

 

一方のアジア人留学生。母国に帰るにしてもお金と時間がかかるし、かといって現地でどこもかしこも閉まっているクリスマスをどう楽しく過ごすか、みんな考えるわけです笑 かくいう私も11月中旬くらいから早くもどうするか考えていました。そんなことをこっちで仲良くなったノルウェー人留学生にポツリと話したら、

「それなら一緒にうちに来なよ!」

そんなこんなで私のクリスマス休暇はノルウェーで過ごすことになったのでした!

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Warum bin ich in Deutschland?: Nummer 1

Grüß Gott!

 

早いもので12月に入り、ミュンヘンの街もクリスマスマーケットが始まって、クリスマスムード一色です。気温も一層寒さを増してきております。

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写真は街の中心Marien Platzでのクリスマスマーケットの様子。右手に見えてるクリスマスツリーは、わざわざ木をこのために持ってきて設置してるんだからすごいです笑

 

そんな感じの日常ですが、今日は私がドイツに留学したいと思った理由を(恥ずかしいですが)ちょいちょい話したいと思います

私がドイツに留学したいと思った理由はまぁいくつかあるのですが、大きく分けると

1.日本に窮屈さを感じ、将来の活動の場を世界に広げるための足がかりにしたいから

2.日本と同じ敗戦国であるドイツの過去と今を知りたいから

3.その他、お金とか研究室とかリアルな理由

って感じです。

 

順番前後しますが、今回は2に関する話題。一応断っておきますが、少しデリケートな内容も含むかもしれません。あくまでも私の持てる範囲での知識と経験を基にした表現や考えですので、何かコメントやご指摘があればぜひお願いします(コメントは公開になっていないだけで、ちゃんと目を通しておりますよ)。

 

さて、私は理系(という誰かが定めた便宜的なくくり)の人間ですが、歴史、日本で言えば特に江戸末期から現代にかけてが、ものつくり産業の大きな進展とも相まって、非常に興味があります。殊に2度の大きな世界大戦は皮肉にも、ものつくりと非常に密接な関係にあります。実際ドイツの名だたるメーカーは、第2次大戦中奴隷労働を強いていました。

そういった興味もあって、あの歴史的に有名な独裁者と言われるヒトラーを生み出し、日本と同じく戦争に破れたドイツと言う国が、”今”どのようになっているのかを少しでも近くで感じたいと思いました(あ、でも戦車とかそういうのには詳しくないですよw)。

 

そんな感じで色々なところを見て回っているのですが、今回取り上げるのは”Konzentrationlager Dachau. ダッハウ強制収容所です。”強制収容所”と聞いてみなさん一番最初に思い浮かぶのはやはり、ポーランドにあるアウシュヴィッツでしょうか。正直私もこっちに来るまでダッハウを知りませんでした。

ここダッハウ強制収容所は、ナチスが各地に展開した収容所政策の始まりの地で、各地の大きな収容所はここをモデル作られているところが多いそうです。

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こちらが敷地に入る前の門。ドイツ語で"Arbeit macht frei. 働けば自由になる。"と書かれています。このフレーズはアウシュヴィッツの門扉にも書かれているそうです。非常に皮肉めいた言葉ですね。ちなみにこの門扉、2年前に何者かに盗まれてしまい、レプリカが設置されていたのですが、私が見学した翌週になんとノルウェーで発見されたそうです(記事はこちら)

 

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敷地内はこんな感じ。私の想像よりも広い敷地で正直驚きました。写真の左手に見える建物の向こう側にも、写真と同じかもう少し広い敷地が広がっています。しかし、本当に暗いと言うかドイツの冬の曇り空と相まって冷たい印象です。

ここには、ナチスの標的とされていたユダヤ人だけでなく、イタリア軍旧ソ連軍の捕虜、Gypsy(※)と他の人々から呼ばれている欧州民族、それから共産主義者ナチスのやり方に反対する政治反や身体・知能に障害を持つ人、同性愛者の人はドイツ人であっても収容されていたようです。

※Gypsyという言い方は、ここのツアーガイドさんが使っていたのでそのまま書きましたが、少し差別用語っぽいニュアンスもあるようですので、ご注意を。

 

現在は、連れてこられたばかりの人たちの検査場や、囚人への体罰・拷問を行っていた場所、囚人たちが押し込まれ身を寄せ合って過ごしていたバラックの一部およびかつてバラックがあった敷地一帯、独房、そして毒ガス室を設けてある火葬場だった建物などが残っています。また、当時の状況を物語る写真や証言、物品なども数多く展示されています。

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こちらが毒ガス室だった部屋。囚人たちはここに入る前にシャワー室だと言われ服を脱ぐよう促されていたそうです。しかし、アウシュヴィッツと異なりダッハウの毒ガス室が実際に使われていたと言うちゃんとした証拠は今のところないそうです。

 

そんなこんなでドイツの暗い過去の”一部”を自分の肌で感じて来たのですが、この苦い経験が今のドイツの暮らしにどうのように反映されているのでしょうか?

まず、こっちにきてすぐ思ったのが、体にハンディキャップを持った人でも車椅子や歩行補助具などを使って街中を繰り出しているのを多く見かけます。大学の中でこういった人が働いているのも見ました。それから、こういった人たちに周りの人たちはすごく優しいです。

やはりナチス時代のこういった人たちへの差別的な行いへの反省が踏まえられているのでしょうか。ちなみに、以前気になって行政面での社会福祉関係のことに関してもネットで少し調べてみたのですが、日本語検索だとあまり情報が得られませんでした・・・残念。それから、子供とお年寄りにも優しい印象があります。

 

また、ドイツの移民・難民受け入れの背景にも、少なからず過去への反省の念が含まれているのかなぁとも思っています。でも、以前少し書いたかもしれませんが、EUのあり方や移民・難民受け入れに疑問を抱くような人も中にはいるようですから、やはり歴史的に見ても同じ欧州諸国の人々の関係性は、一筋縄では丸く収まらないようです。

 

と、ここまでつらつら思ったことを書いたものの、まだまだドイツの”過去”と”今”を知るには、知識が足りませんね。引き続き時間を見つけてヒントを探していこうと思います。

 

一方で日本はどうなのでしょうか?なんというか、日本のドキュメンタリーとかにありがちな「あぁ、あれは悲惨だったなぁ、うんうん」みたいなお涙頂戴的な雰囲気で終わらせてないでしょうか?

憲法9条がぁ~云々みたいなことも叫ばれていますが、過去を顧みて、”考え”、未来を見据えることがいつの時代も必要ですね。ちなみに、ドイツは過去の反省はしていますが軍は今も持っていますね。ん~、日本人の私からすると色々考えちゃいますね。

 

ではまた。

Tschüss!

Das Gespräch mit Menschen

Grüß Gott!

 

11月に入りドイツ全土で気温がぐっと下がって、ミュンヘンも日中の最高気温は10度を下回る気候となってきました。ある日目が覚めて外を見たら雪が降っていたのは思わず笑ってしまいました。

 

そんな冬の訪れを感じさせるここ最近ですが、こっちで知り合った友人たちと一緒に食事やお出かけをするくらいにまで仲良くなり、留学の醍醐味みたいなものを絶賛味わっております!

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こちらの写真はミュンヘンから電車で4時間ほど行ったところにある、Bambergと言う街の写真。旧市街地全体が世界遺産に登録されています!こういった観光をするのに、私はよくミュンヘンの大学組合が主催している留学生向けのツアーイベントに参加します。他の国の学生たちと交流も深められるので重宝しています。

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それからこちらは、友人の寮にお邪魔してホームパーティをしたときの写真(あまり楽しそうな感じが伝わってこない・・・)。日本食紹介ということで即席のうどんを振舞ってみました!日本人テイストだと味付けが薄いかなと思いつつ出してみたところ、みんな美味しいと食べてくれたので一安心です。

 

こんな感じでなんとか一人ぼっちにならないよう頑張っているのですが、最近一番感じるのが、非常にベタではありますが”言葉の壁”というやつです。

 

こっちに来て間もないころは、「どっから来たの?」とか「何勉強してるの?」とか、まぁ当たり障りのないようなことを話すので、そんなに苦労はしませんでした。

 

しかしながら、だんだん仲良くなってきたり、1日一緒に友人と過ごすようになったりすると、お互いの国のこととか、大学出た後どうしたいとか、最近話題の某大統領選挙の結果どう思うとか、いろいろ聞いてくるわけです(汗

 

そうなるともう、単語探しまくり、言葉つっかえまくり、同じ表現使いまくり、文法や時制崩壊しまくりの、Japanese Broken Englishが炸裂するわけです笑

本当に情けないくらい言いたいこと言えないし、相手が言っていること聞き返しまくっちゃうなんてことしょっちゅうです。

 

それから、私が受講してる授業ではDiscussionの時間があります。学生が事前に短めの学術誌paperを読んで提出したDiscussion reportの中から、教授が選んだいくつかのトピックについて、グループに分かれて20~30分くらいDiscussionをします。ちなみに日本人は私だけ。他の学生はどこの出身だろうが、流暢な英語で自分の考えをビシッと述べています。私が思い切って発言すると一瞬時間が止まった感じになることもしばしばあります(泣)

 

こんな感じで最近ひしひしと英語然り、ドイツ語然り、より一層スキルアップしないとやべぇぞ、という危機感に襲われているのですが、一方で話している相手の姿勢を振り返ってみると、私が言葉に詰まっても待ってくれたり、何度か聞き返しても(たまにため息つかれたりしますが)ちゃんと言い直してくれたり、1対1のときはゆっくり話してくれたりと、「私はあなたと会話したいんですよ」という姿勢なんですよね(お店の人とか、サービス関連だとそうじゃない時もありますが・・・)。

 

そうされたらこちらもなんとか答えてあげねばと、必死になってJapanese Broken Englischを振りかざすわけです笑 そんな感じでお互い意思疎通が取れると、いろいろ学んだり、共有したりできる喜びに包まれます。

 

それから逆の立場になることもあります。前回、「外国人は私たちが思っているより日本のことを知らない」と言いましたが、留学生の中には日本語の勉強に熱心な人が結構います(そのうちの多くの人たちがアニメ・漫画・ゲーム好きなのは察してください)。もちろん大学の語学の授業の中に日本語選択もあり、思ったよりも日本語ニーズあるんやん、と正直感動しております。そんな日本語勉強真っ最中の留学生と日本語で会話すると、今度は私がゆっくりしゃべってあげたり、質問を繰り返してあげたりするわけです。

 

この2つの視点を通して、人と対話することってこんなにも大切なのかということ、そしてもっともっと意思疎通ができるように語学力を身に着けたいという向上心をここ2週間くらい強く感じています。

 

みなさんは外国語学習好きでしょうか?得意・不得意は今私は問うてません。なんなら”今”、留学してる私でさえもJapanese Broken Englischを振りかざしてますから笑

ただ、日本の学生は得意・不得意とか言う以前に、もう少し外国語の学習に前向きに取り組む姿勢になった方がいいんじゃないかなぁと、私は常々思っています。日本人の学生の中には”外国語”と聞いただけで「お前は過去に外国語学習で死にさらされたのか」ってくらい拒絶反応を示す人いますよねwまぁ確かに日本にいる限りはせいぜい英語が読めればOKみたいなところはあると思います。

 

ただ、外国語の学習そのものを通じて知識や趣味、交友関係が広がったり、さらには留学のようなよりステップアップしたチャレンジにもつながるのではないかなと私は思います。それにはまずいかに外国語学習を好きになれるかということが鍵になるのではないでしょうか。

 

小学生の英語教育義務化なんかも叫ばれている最近の日本ですが、まずは”どうしたら外国語がしゃべれるようになるか”ではなく、”どうしたら日本人が外国語に親しみを持てるのか”を考えるほうが、意外と外国語学習の近道だったりするのかもしれません。

 

ではまた。Tschüss!

Was ist Japan?

Grüß Gott!

 

みなさんこんにちは!いきなり謎のドイツ語で始まりましたが、これはミュンヘンがあるバイエルン州の人たちがする挨拶です。ドイツ語にも日本語と同じで、いわゆる訛りや方言があるんですね。またドイツ語はスイスやオーストリアでも話されていますが、そこでも違いがあるようです。

 

さてさて。。。ドイツに来て早いもので1ヶ月が経ってしまいました!あまりの早さに「1年とか一瞬じゃん」とすでに焦りを感じております、、、(特に大学での研究の進捗が、、、)

 

ただこの1ヶ月だけでも、いろんな国の人と仲良くなれたり、おしゃべりする機会がありました。ドイツ、フランス、イタリア、ノルウェー、スペイン、スロベニア、オランダ、ブルガリア、カナダ、インド、中国、韓国、台湾、インドネシア、マレーシアetc. 自分が留学生だというのもありますが、こんな短期間にこんなたくさんの国籍の人と話すのは生まれて初めてで、毎日が刺激的です。

 

 

留学生同士集まると、やっぱりお互いの国のことを紹介しあったり、共通のテーマで互いの国における違いを話し合ったりします。最初に”どこから来たの?”と聞かれて”日本だよ。”と言ったとき、私がこれまで会ってきただいたいの留学生の反応は、

留学生A 「あぁ!私、寿司食べたことあるよ!」

B 「ホントに!?オレ、日本のアニメ大好きなんだ!」

C 「日本から来たのね。日本と言えばやっぱりアニメだよね。」

D 「私、ハローキティ知ってるわ。Kawaii (可愛い) わよね。」

って感じ。。。みんな若者だっていうのもありますが、いわゆるポップカルチャーでの認知度がかなり高いようです。スロベニア人は小さいころ日本のアニメがドイツ語で吹きかえられているのを見て、ドイツ語を勉強したとも言っていました(笑)

 

そして、その後だいたい”日本のどこから来たの?”と聞かれます。私は、日本人ならほぼ100%の人が知っているような、関東地域にある外国人も結構訪れている(はずの)某観光地周辺が地元なのですが、未だに私の地元を知っている留学生に出くわしていません、、、まぁこうなる予想はしていましたが、地元LOVEなのでちょっとショックです(笑)

 

そこで”どこか日本の地名知ってる?”と聞くと、だいたい出てくるのが、"TOKYO","KYOTO","OSAKA"の3つ。もう少し日本に詳しい人だと"SAPPORO","NARA"あたりが出てきます(これらの地域の出身の方、おめでとうございます)。ちなみに写真にあるように札幌とミュンヘン姉妹都市になってます。

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こんなやりとりを1ヶ月で多々してきましたが、自分が思っていたよりもうーんと外国の人たちは日本を知らないということに、自分としては驚きが大きかったです。そして思いました。「もっともっと日本のステキなところ、面白いところを伝えたい」と。(このままだと日本の印象がアニメ大好きクレイジー国家になりかねないので)

 

 そして逆に、自分もまだまだ他の国のことを知らないなと気づかされました。特にヨーロッパの国々で、名前言われても国の位置さえ分からないところ正直あります(さっき留学生のこと話にあげましたが、人のこと言えませんねw)。こうやって自分の国や相手の国のことを客観的に見ることができるのは、こういう環境にいるからこそなのかもしれません。

 

 

井の中の蛙大海を知らず』ということわざがありますね。住み慣れた井戸の中のことなら知り尽くしているし、そりゃもう安心して暮らせます。でも、もしかしたら今いる井戸の外には、もっと住みやすい井戸があるかもしれませし、もっと美味しいエサが手に入る場所があるかもしれません。すばらしい出会いもあるかもしれません。

 

もちろん今いる井戸から飛び出すのは勇気が要るだろうし、もしかしたら井戸は毎日出入り口が開いているとも限りません。それでも、勇気を出してタイミングを見計らって飛び出すことを止めてしまったら、私は面白くないなぁと思うわけです。

 

 

最後に、ドイツのスーパーに出張に来ていたハローキティさんの写真でお別れです(笑)

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Tschüss!

Guten Tag! Ich bin jetzt in Deutschland.

みなさん、はじめまして。

このブログでは、とある日本の工業大学生である私が、2016年10月から約1年間ドイツの大学で留学している様子をぽつぽつとお伝えしていくブログです。

ゆっくり更新になるかとは思いますが、読んでいただいてちょっとでも何か感じてもらえれば幸いです。写真はある日喫茶店で食べたプレッツェル(苦し紛れのドイツ感)。

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さてさて。。。私はドイツでも南方にあるミュンヘンと言う街にある大学に留学をしております。こっちについてから早いもので2週間くらいが経ちました。欧州に来ること自体が初めてでして、これからどんなことに出会えるのかとワクワクしております!

 

 

突然ですが、皆さんは”ドイツ”と言われて何を思い浮かべますか?

ソーセージ、ビール、ベルリンの壁、ケルンの大聖堂、メルセデスベンツ...etc.

先進国ではありますし、全くなじみがないって感じではないと思います。

 

 

しかーし、やはり国が違えばなじみがないことはいっぱいあるわけです。その中でもここ2週間で一番印象強いのが”Nationality”についてです。私が留学先を欧州にした理由のひとつでもありますが、欧州は長い歴史の中で何度も国境や領土が変化しているし、人や文化の交流も盛んに行われてきました。日本とは本当に対照的だと思います。

 

 

そして今もそのような国を超えた流れと言うものが絶えず起こっているのも確かです。ドイツをはじめいくつかの欧州諸国は移民・難民を受け入れています。特にミュンヘンはドイツ南方の大きな都市であり、中東などから人が集まりやすいです。街中を歩いていても(街の中心が観光スポットになっていることもありますが)、白人系の人だけでなく、黒人系の人や私たちみたいな黄色人系の人も普通に多く見かけます。買い物などに行ってお店の人の英語やドイツ語を聞いても、流暢に話す人もいれば、少し”なまり”があるような人、ドイツ語しかしゃべれない人など様々です。

 

 

そして中には、道端で紙コップや帽子を差し出したまま座り込んでいるような人、夜になるとお店の軒先など屋根のあるところで毛布にくるまって夜を明かそうとしている人もかなり見かけます(もちろんそうせざるを得ない理由や、その人の本来の"Nationality"はそれぞれだと思いますが)。

 

 

一方でこういう状況に疑問を持っている欧州の人たちもいます。何人かの欧州の人とはこう言った話をちょこちょことしましたが、少し怪訝そうな顔つきの人もいました。こういう話のとき、

日本人の私 (うーん、難しいなぁ)

としか現段階で思えないのは、日本がそういう状況にないからこそ、関心はあるけどある種他人事のようにしか感じられないからなのだと思います。

きっと中には祖国を追われてきたものの、新しい環境でも煙たがられてしまう人も少なくないのかなぁなんて。。。あぁ、平和ってなんなんだぁ~って感傷にひたってしまいます。

 

 

2020年東京でオリンピックがありますね。過去に夏季・冬季共に開催経験のある国でありますが、世界の流れはその時とはまた違います。一時的ではありますが各国からたくさんの人を受け入れることになりますが、果たしてどうなるでしょうか・・・?

そして日本の"Nationality"はこれからどうすべきなのか、私たち”日本人”で考えていかなければと切に思う、そんな留学のはじまりでした。