工業大学生のドイツ修行記

ドイツの大学に留学した工業大学生の備忘録のようなもの

Warum bin ich in Deutschland?: Nummer 1

Grüß Gott!

 

早いもので12月に入り、ミュンヘンの街もクリスマスマーケットが始まって、クリスマスムード一色です。気温も一層寒さを増してきております。

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写真は街の中心Marien Platzでのクリスマスマーケットの様子。右手に見えてるクリスマスツリーは、わざわざ木をこのために持ってきて設置してるんだからすごいです笑

 

 

そんな感じの日常ですが、今日は私がドイツに留学したいと思った理由を(恥ずかしいですが)ちょいちょい話したいと思います

私がドイツに留学したいと思った理由はまぁいくつかあるのですが、大きく分けると

1.日本に窮屈さを感じ、将来の活動の場を世界に広げるための足がかりにしたいから

2.日本と同じ敗戦国であるドイツの過去と今を知りたいから

3.その他、お金とか研究室とかリアルな理由

って感じです。

 

順番前後しますが、今回は2に関する話題。一応断っておきますが、少しデリケートな内容も含むかもしれません。あくまでも私の持てる範囲での知識と経験を基にした表現や考えですので、何かコメントやご指摘があればぜひお願いします(コメントは公開になっていないだけで、ちゃんと目を通しておりますよ)。

 

さて、私は理系(という誰かが定めた便宜的なくくり)の人間ですが、歴史、日本で言えば特に江戸末期から現代にかけてが、ものつくり産業の大きな進展とも相まって、非常に興味があります。殊に2度の大きな世界大戦は皮肉にも、ものつくりと非常に密接な関係にあります。実際ドイツの名だたるメーカーは、第2次大戦中奴隷労働を強いていました。

そういった興味もあって、あの歴史的に有名な独裁者と言われるヒトラーを生み出し、日本と同じく戦争に破れたドイツと言う国が、”今”どのようになっているのかを少しでも近くで感じたいと思いました(あ、でも戦車とかそういうのには詳しくないですよw)。

 

そんな感じで色々なところを見て回っているのですが、今回取り上げるのは”Konzentrationlager Dachau. ダッハウ強制収容所です。”強制収容所”と聞いてみなさん一番最初に思い浮かぶのはやはり、ポーランドにあるアウシュヴィッツでしょうか。正直私もこっちに来るまでダッハウを知りませんでした。

ここダッハウ強制収容所は、ナチスが各地に展開した収容所政策の始まりの地で、各地の大きな収容所はここをモデル作られているところが多いそうです。

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こちらが敷地に入る前の門。ドイツ語で"Arbeit macht frei. 働けば自由になる。"と書かれています。このフレーズはアウシュヴィッツの門扉にも書かれているそうです。非常に皮肉めいた言葉ですね。ちなみにこの門扉、2年前に何者かに盗まれてしまい、レプリカが設置されていたのですが、私が見学した翌週になんとノルウェーで発見されたそうです(記事はこちら)

 

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敷地内はこんな感じ。私の想像よりも広い敷地で正直驚きました。写真の左手に見える建物の向こう側にも、写真と同じかもう少し広い敷地が広がっています。しかし、本当に暗いと言うかドイツの冬の曇り空と相まって冷たい印象です。

ここには、ナチスの標的とされていたユダヤ人だけでなく、イタリア軍旧ソ連軍の捕虜、Gypsy(※)と他の人々から呼ばれている欧州民族、それから共産主義者ナチスのやり方に反対する政治反や身体・知能に障害を持つ人、同性愛者の人はドイツ人であっても収容されていたようです。

※Gypsyという言い方は、ここのツアーガイドさんが使っていたのでそのまま書きましたが、少し差別用語っぽいニュアンスもあるようですので、ご注意を。

 

現在は、連れてこられたばかりの人たちの検査場や、囚人への体罰・拷問を行っていた場所、囚人たちが押し込まれ身を寄せ合って過ごしていたバラックの一部およびかつてバラックがあった敷地一帯、独房、そして毒ガス室を設けてある火葬場だった建物などが残っています。また、当時の状況を物語る写真や証言、物品なども数多く展示されています。

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こちらが毒ガス室だった部屋。囚人たちはここに入る前にシャワー室だと言われ服を脱ぐよう促されていたそうです。しかし、アウシュヴィッツと異なりダッハウの毒ガス室が実際に使われていたと言うちゃんとした証拠は今のところないそうです。

 

そんなこんなでドイツの暗い過去の”一部”を自分の肌で感じて来たのですが、この苦い経験が今のドイツの暮らしにどうのように反映されているのでしょうか?

まず、こっちにきてすぐ思ったのが、体にハンディキャップを持った人でも車椅子や歩行補助具などを使って街中を繰り出しているのを多く見かけます。大学の中でこういった人が働いているのも見ました。それから、こういった人たちに周りの人たちはすごく優しいです。

やはりナチス時代のこういった人たちへの差別的な行いへの反省が踏まえられているのでしょうか。ちなみに、以前気になって行政面での社会福祉関係のことに関してもネットで少し調べてみたのですが、日本語検索だとあまり情報が得られませんでした・・・残念。それから、子供とお年寄りにも優しい印象があります。

 

また、ドイツの移民・難民受け入れの背景にも、少なからず過去への反省の念が含まれているのかなぁとも思っています。でも、以前少し書いたかもしれませんが、EUのあり方や移民・難民受け入れに疑問を抱くような人も中にはいるようですから、やはり歴史的に見ても同じ欧州諸国の人々の関係性は、一筋縄では丸く収まらないようです。

 

と、ここまでつらつら思ったことを書いたものの、まだまだドイツの”過去”と”今”を知るには、知識が足りませんね。引き続き時間を見つけてヒントを探していこうと思います。

 

一方で日本はどうなのでしょうか?なんというか、日本のドキュメンタリーとかにありがちな「あぁ、あれは悲惨だったなぁ、うんうん」みたいなお涙頂戴的な雰囲気で終わらせてないでしょうか?

憲法9条がぁ~云々みたいなことも叫ばれていますが、過去を顧みて、”考え”、未来を見据えることがいつの時代も必要ですね。ちなみに、ドイツは過去の反省はしていますが軍は今も持っていますね。ん~、日本人の私からすると色々考えちゃいますね。

 

ではまた。

Tschüss!